Tokyo Short Sight's past notes [ #201.....#250 ]
#201 - 01/07/2007 [Sun] 01:28
小説の内容は覚えてませんが
高校のころの話。現国の授業で、小説『山月記』の単元が始まった。
僕はあまり国語の授業はスキではなかった。
まず、ヨコ書きのノートをムリヤリにタテに使わされるのがイヤだった。別にヨコ書きでもよいではないか。学校の、そういった自由の制限 ひいては思想の統率が本当にイヤだった。
そんな個人的なエゴもあってだが、授業は軽く聞き流していた。現国に限ったものではないが。
しかし、現国のイナイ先生(仮名)の その言葉だけは聞き流すワケにはいかなかった。
「はい、この『山月記』の著者の中島敦ですけども、この人はもう、めがねからして 死んでるわね!」
なんという発言。クラス内が「ざわ・・・」となったような気がした。
イナイ先生の発言の真意は未だに、そしてこれからも闇の中だが、恐らく「(写真を見ると解るように、古いカタチの)めがね(をかけている)からして (いまの時代に生きている人ではない、つまり)死んでいる(人だ)わね!」という意図の発言だったのであろう。端折りすぎではあるまいか。
確かに Wikipedia の中島敦のページを参照すると、彼は めがねからして死んでいる。平成19年の現在では、とんとお見かけしないタイプのめがねである。
「めがねからして死んでる」。このセンセーショナルな表現による洗礼を受けて以来、僕が 明治時代のころの写真を見ては「めがねからして死んでる」人を探すのに躍起になっていることは、もはや言うまでもないだろう。
そして、そんなめがねの人を見つけてはこう言うのだ。「めがねからして 死んでるわね!」と。
#202 - 01/08/2007 [Mon] 00:33
風と足立区の奏でたハーモニー
風が強い日だった。
過去に体験したことがないほどの強い風。風の出す轟音と 風にあおられたモノが何かにぶつかる音とが交錯する。
もちろんカラダの自由も利かない。家を出て、踏切を渡ってすぐのスーパーに買い物に行くのも、誇張表現なしで命懸けだった。
轟音も去ることながら、聞いたことのない高い音も鳴っていた。ピッコロのような音である。高い、ピーという音。
僕は「何だろうね、この音」と一緒にいた彼女に言い、家路を急ぐ。飛来物にぶつかって ケガでもしたら大変である。
自宅マンションに入り、風もなくなり ひと息つく。強固な建物と それを生み出した文明の利器に、改めて感謝。
風の轟音も聞こえなくなったが、例の高い音に近い 別の何かの音が、遠くから聞こえてきた。
あまりそういうことに不安がらない彼女も「何だろうね、この音」と気にしている。音が大きくなってきた。
「…ウ〜…」
足立区(スラム街)ではおなじみのパトカーだった。
この音は、足立区に限っては なんでもない。
#203 - 01/10/2007 [Wed] 00:10
デバッガー
職場で 僕の隣の隣に座っているサイトウさん(仮名)の話。
45歳くらいのその男性は とにかくクチが半開きで、仕事(デバッグ)に集中すると舌が出る。
また めがねもぶ厚く、めがねを通してしまうと その奥の瞳がオパール色になってしまって なんだかよく解らなくなる。まるで勉三さんだ。
そんな彼が本領を発揮するのは、くしゃみのあと。
普通 くしゃみの後の掛け声は「どっこい」「ちくしょー」「てやんでぇ」などが主流だが(実際に天然でそんな掛け声を言っている人を聞いたことはないが、あくまでイメージ)、彼の場合はそこでもパーソナリティを発揮する。
「ハックション! ハックション! …ヒィックション! ……萌え〜」
ちょっと、サイトウさん自体にバグが出てますよ!
#204 - 01/11/2007 [Thu] 00:55
永遠に運転を見合わせてほしい
JR武蔵野線で通勤するようになって はや半年が経った。
ファッキン武蔵野線くらい解れよバカヤロウ、なんて息巻いていたのも今は昔。もはや真顔で乗り込むまでだ。
港区に地下鉄で通勤していたときと今とで その通勤環境においての決定的な違いを挙げるとすれば、車内の混雑率でも 定期券の汎用性でも 電車の乗り心地でもなく、ニオイだ。確実にJR武蔵野線車内のニオイは違っている。
端的に言うと、港区の直下を走っている地下鉄各線の車内よりも、JR武蔵野線車内は なんだか くさい。
先日は、乗客のおっさんが 生ゴミのニオイがするガムを噛んでいたので驚愕した。ファッキン武蔵野線め、負の要素を集約させるにも ほどがあるだろう。
車庫からホームに入ってくる、カラッポの車両に乗っても くさいときがある。その車両の床に Job aidem が落ちている確率は ほぼ 100% だ。
地下鉄や地下鉄のニオイがスキであるという僕の主観を差し引いても、JR武蔵野線車内の環境の劣悪さは余りある。どうにかならぬものか。
そして、モバイルSuica の定期券情報画面に映る「平成19年6月30日まで有効」の文字を見ては、クチビルを かみしめるのだ。
#205 - 02/04/2007 [Sun] 00:55
時代の逆寵児
僕のパソコンの無線LANとかその辺が壊滅状態だったので、更新とかができませんでした。何とか復旧したので細々と更新を再開したいです。
===
さて、先日もまた『出没! アド街ック天国』において大惨事が巻き起こってしまったので、ここに報告する。
以前、僕の住む 竹の塚 という、公道でクチにすると鬼がやってくるような街を特集した際、あまりのアレさ加減に 僕の unko が体外にはみ出てしまったことは、読者の皆さんの記憶にも 僕の爆心地(*1)にも新しいと思う。
その 残念な出来事が心に刻んだキズも癒えぬまま、またテレビ東京系列は 過ちを繰り返してしまったのだ。
その日の特集は、足立区梅島。
そわそわしながら テレビに映る足立区のバラックのような街並みを観ていると、画面はみすぼらしい小学生たちが安い駄菓子どうしの組み合わせに舌鼓をうっているシーンへと変わった。
もう その映像だけでかなり残念な気持ちになったのだが、驚くべきはその駄菓子どうしの組み合わせに対する、彼ら小学生たちの感想の言葉である。
「(この組み合わせは)バッチグーだよ!」
21世紀になって、もう7年目の冬。
何と何の組み合わせが 彼らいわく【バッチグー】だったのかは、もうその発言によって記憶が抹消されてしまい解らなくなってしまったのだが、そのめがね小学生の発言がそれだけの破壊力を含んでいたのだけは確実なことである。
もう、カンベンしてほしい、足立区を時代の逆寵児とさせることは。それが必然であるとしても、だ。
(*1)爆心地…包み隠さず言えば、肛門のこと。
#206 - 02/05/2007 [Mon] 22:01
ああ、楽しみにしていたよ!
添付の画像はケーブルテレビ足立のマスコットキャラクター、ちゅーぷいである。
「あー、知ってる!(亀)」という読者の方も多いだろう(亀)。
彼は ケーブルテレビ足立において、10分程度の番組宣伝を受け持っている。
その番組の中で ちょっとした寸劇を繰り広げるのだが、これも足立区というスラム街にふさわしいヒドさだった。
いや、内容的には問題なかったのだが。
正月休みの明けた3連休のころだったか、その頃に放映された寸劇の中で、彼は博士(博士て!)にお年玉をねだっていた。
「ね〜博士〜、ヤマトくん(ヤマトくんて!)だってお年玉もらってるんだから、僕にもちょうだいよ〜」。それはもう ねだるというか、“懇願”だった。
余談になってしまうが、ちゅーぷいの声は大変ガラガラで、ガラガラ声すぎて 何をしゃべっているのか聞き取れないという大惨事にもなっている。
個性を持たせ印象を強めようとして、本末転倒となっている いい例だ。(僕はこの声はスキなのだが)
さて その寸劇だが、1月の終わりごろに放映されたものも まったく同じ内容だったので驚いた。
ちゅーぷいは どれだけお年玉が欲しいのか。1月いっぱいは、この内容で引っ張るのか。
アレか、新しいのをリリースする予算がないのか。足立区だから、貧乏くさい感じに仕上げているのか。
しかし、そして、2月である。
そろそろ ちゅーぷいも豆まきに夢中になっているだろうと思い、寸劇の始まる時間にケーブルテレビ足立にチャンネルを合わせたら、だ。
「ね〜博士〜、ヤマトくんだってお年玉もらってるんだから、僕にもちょうだいよ〜」
#207 - 02/07/2007 [Wed] 22:26
責任転嫁
『こち亀』というマンガで、こんなエピソードがあった。
久々に 同級生の家に遊びに行く両さん。同級生の家は呉服屋をやっている。
同級生の家に着き話をしていると、同級生の奥さんがお茶を持ってやってきた。奥さんは外国人だった。
話の流れで、外国人の奥さんは両さんに 何の仕事をしているのか尋ねた。
両さんはいつもどおり警官の制服を着ていたので、手を広げて「見てのとおりですよ」と答えた。
奥さんはそれを見て、「おヤクザさん、ですか?」と尋ねた。「制服を着ているのに警官に見えないとは…」とつぶやく同級生。
僕は このエピソードがスキで、ときどき思い出しては「面白いなあ」と思うのだ。
あまりに面白すぎて 思い出して楽しむのに夢中になっていたら、今日は ファブリーズと間違えて スーツにかんたんマイペットを噴霧してしまった。
#208 - 02/08/2007 [Thu] 21:12
8割が生活保護、というのはウソですよ
半ズボンをはかない小学生が増えているそうだ。
いや、もう のび太が はいているような半ズボンを はいている小学生が皆無に近いらしい。
なんということだろうか。
■参考/半ズボン(wikipedia より)
仕事中、YAHOO の当該ニュースを見ながら 同年代の人にその話を振った。
僕「小学生の頃、半ズボンでしたよね」
同年代の人「もちろんです」
僕「やっぱり」
同「でも 長ズボンのヤツがクラスに 2〜3人いましたね」
僕「うん」
同「長ズボンのヤツは だいたい 髪がサラサラでしたね」
えっ…ズボンの長さと直毛とには、何の関連性もないと思うが…!
ま まぁ、ここで話の腰を折っても仕方ないので、ひとまず話を合わせなければ。
僕「そうでしたね!(亀) 髪、サラサラで!(亀)」
同「小賢しかったですよね〜!(?)」
僕「あと、アレでしたよね。長ズボン はくときは、連絡帳に『今日はカゼなので 長ズボン はきます』って親の署名が必要でしたよね」
同「それは なかったです」
うん、なかった。
や、あったって! 何だこの アウェイ感。
アレか、足立区民だからか! 区の人口の8割は 生活保護を受けているからか!(亀)
#209 - 02/12/2007 [Mon] 01:23
CM
本文ではネットラジオのことはあまり書かないが、2月10日放送分はかなり面白かったので ぜひログを聞いていただきたく、こちらにも記しておく。
特に ラスト30秒で奇蹟が巻き起こり、回線的なアレがおかしくなって 龍二さんが同じことを2回しゃべって強制終了する、みたいに仕上がっているところにオモムキを感じる。
あと僕はいつものように噛みまくり、リスナー無視で 放送している僕らが楽しんでいるところも、B型率66.7% の3人がお送りしている“らしさ”が出ていて よい。
放送6回目(実質7回目)にしてかなり(個人的には)盛り上がってきているので、ぜひ次回はリアルタイムで みなさまにお聞きいただきたいところである。
実際、ログとしてサーバにアップロードしているものは 放送したすべてではなく、録音していないで消えていく音声はリアルタイムでしか聞けない。これはもう、リアルタイムでのリスニングをオススメするしかないであろう。
もちろん、話していることに意味や意義、有用性は一切なく、聞くだけムダなのかも解らない。
そう感じてしまう方々に 土曜の夜に時間をとらせてしまうワケにはいかないので、一度 サーバにアップデートした録音データを流し聞きしていただき 取捨選択をするとよいだろうか。
だが、放送しているこちら側の意見としては 先述したように ただひとつ、「ぜひリアルタイムでお聞きください」である。
次回の放送は 2007年3月10日(土)22:00〜 だ。
今回よりメールフォームを設置しましたので、ご意見等ございましたらお気軽にお送りください。
#210 - 02/13/2007 [Tue] 00:38
リバテープ〜オカンとボクと、時々、彼女(京成線のドアが開いたり閉まったりするモノマネがうまい)
ジャガーさん単行本の最新号が発売された。
最新号の中で、九州地方(熊本)の方言が連発される話があり、そちらの方言に精通している女性アナウンサーが いわゆる「絆創膏」のことを「リバテープ」と言っていた。
リバテープの話を読んだ僕の彼女(京成線のドアが開いたり閉まったりするモノマネがうまい)が、「お母さんにも聞いてみたら」と言うので 実家に帰った際に聞いてみた。僕の母は、九州は鹿児島の生まれである。
実家まで 階段を降りたり横断歩道を渡ったりすること 2分前後かかる。なかなか大変だ。
紆余曲折も経ず、まったく順調に実家へ到着した。ただいまー!
僕「あのさ、絆創膏のこと 九州ではなんていうの?」
母「絆創膏?」
僕「うん…」
母「ばんそうこう、ねぇ…」
僕「……」
母「ばんそうこう、じゃないかな…」
僕「……」
母「……」
僕「え…、『リバテープ』とかって 言わなかった…?」
母「ああ〜…言うかもしれない」
僕「あー、鹿児島では『リバテープ』って あんまり言わないの?」
母「というか、お母さんが鹿児島にいた頃は 絆創膏なんてなかったよ…」
僕「(嗚咽)」
母が 1949年(昭和24年)生まれだったことを、僕は忘れていた。
#211 - 02/14/2007 [Wed] 21:33
Hon-Matsu-Ten-To
3月18日より、首都圏の鉄道やバスが1枚の ICカードで乗り降りできるようになる。PASMO がスタートするのだ。
JRなどで 利用できる Suica とも相互利用できるようになり、いやはやベンリな時代になったものである。
さて、Suica といえばあのペンギンが有名であるが、PASMO にもキャラクターが登場する。彼である。
名を「PASMO のロボット」というところが「Suica のペンギン」に近い位置づけであり、このカンタンなデザインも やや あのペンギンを意識している気がする。
しかし まあ、なんというか、言い出しにくいが Suica のペンギンに軍配が上がってしまうのは 否めないだろうか。ペンギンのほうが、愛らしい。
ところがだ。早ガッテンしては いけない。
前述のページに書かれた「PASMO のロボット」の説明文をよく読もう。
首都圏をキビキビ移動するのが大好きなロボットです。普段はおなかのポケットにしまっているPASMOを使って移動しますが、急いでいるときは自らバスや電車に変身して移動します。
急いでるときは 自らバスや電車に! ICカード無意味!
#212 - 02/19/2007 [Mon] 23:13
都市伝説オチ
電車で眠り込んでしまい、「ヤバイ、降りる駅かも!」と思ってハッとして起きる感じ。
アレって驚きの単位にならないだろうか。
よく都市伝説的な話で“痛み”の単位を「ハナゲ」とし、1ハナゲは、鼻毛1本を抜いたときの痛みとする、というのを聞く。
それと同様に、「ヤバイ、降りる駅かも!」と思い、ハッとして起きたときのムネの締まる感じを「1ハット( = 1 Hat )」とするのだ。
「ハット」の総量は、経過した時間との乗算で求める。
ハッとした瞬間から 1秒後の「ハット」の総量は、x Hat * 1 sec となり、「ヤバイ、降りる駅かも!」と思ってハッとして起きた 1秒後の驚きの総量は 1 Hats となる。
驚きは時間の経過とともに逓減していくものだが、場合によっては長く続くものもあり、時間軸との乗算を用いることで ある時間までの「驚き」を、より正確に算出することができるだろう。
もちろん、驚きというものは 時間が経てばなくなるので、ハッとした瞬間から 3分後くらいには ゼロを かけることになり、驚きの総量も ゼロとなる。
この理論からいくと、きっと人間は 驚きの総量が 3 Hats を超えたあたりで 熟睡状態から目を覚まし、15 Hats を超えると死ぬんじゃないかと思う。
ちなみに 12 Hats 以上の 目覚まし時計は、法律で規制されていて 市販されていないが(市販されているのは せいぜい 8 Hats 程度)、中野坂上の某時計屋に行き そこの店主の目を見て「倉持製作所の時計をくれ」と小声で言うと、奥の倉庫から幻の目覚まし時計が出てくるそうだ。
しかし、当サイトでは それを使用した場合の生命の保障はしない。
#213 - 04/09/2007 [Mon] 00:51
強く儚いものたち
生きているか死んでいるかでいったら、ギリギリ 馬。みたむらでございます。
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使っているパソコンの挙動がだいぶおかしくなってきたので、中に入っているデータのバックアップをとった上で OS の再インストールをした。
でも、ハードディスクのデータを消すには勇気が要る。
ソフトを改めてインストールしたり メールの設定をしたりと、大変に面倒くさい作業を乗り越え、やっと使えるようになった。
そののち、音楽や画像のデータを DVD から ハードディスクに展開する。
音楽のデータだけで DVD 5枚分である。これを 転送するのは骨が折れるところだ。
対して、デジカメで写真を撮るときは いつも小さいサイズで撮っているので、データ量も小さい。DVD 一枚にも満たなかった。サイズは、1KB…?
あれ、この「デジカメ」ってフォルダのアイコンのカタチ、ショートカットってヤツじゃね?
ショートカットアイコンのバックアップをとるという無意味さ。もちろん画像も全部消えた。
以前使っていたパソコンには そのときまでの画像データは入っているかもしれないが、確実に 2005年7月からの画像は 消え去った。もろくも儚い 文明社会である。
そして もっとも懸念すべきは、僕の不手際によって倒れ伏した画像の屍たちを乗り越えた このパソコンの挙動が、いまだにおかしいところだ。
何も足さず、何も引かず、といった風情である。
#214 - 04/10/2007 [Tue] 00:45
まさかのお下劣オチ
古代の日本には、4つの色を表現する手立てしかなかったと聞く。
その 4つとは、黒・白・赤・青。すなわち 送り仮名「い」のみを用いることで、形容詞となることのできる 色である。
新緑の青さ。
この言い回しは 一見のところ矛盾しているように感じられるが、限られた言葉の中で 色の深みをそのまま表現している。
ガチガチに固められた制約の中で、創意工夫をもって ものごとを映し出そうとしているさまに、僕は日本的なものを感じる。
だが その一方で、そんな古代の日本に いきなりバナナとかを放り投げてもいいだろう。
「えっ、なにこれ、何色? 赤くも青くも黒くも白くもねーよ!」
テンパる古代の日本人。なんか弥生時代の民族にみられる、耳あたりで束ねた髪がほどけること 請け合いである。
どのような過程を経て いまのように「バナナは黄色である」と 天然色を表現できるようになったのかはわからないが、僕は バナナは白いのではないかな、と思う。
つまり、白いほうがバナナで 黒いほうが unko だ、ということだ。
まさかのお下劣オチである。
#215 - 04/11/2007 [Wed] 00:44
ばかなのか…いや、僕はばかではないハズだ
背中にボタンがついているワンピースやカーディガンがある。
ひとつやふたつではなく、全面的にボタンがついているアレだ。普通の Yシャツなどと同じようなボタンの形態をしているアレである。
僕は小さい頃、そういう服を着ている人を見ては「わあ、後ろと前 間違えて着ているよ、恥ぁずかしい(亀)」と、自分のことを棚にあげて思っていたが、今ならハッキリと言える。アレは、そういうデザインなのだ。
そういうデザインだとは知らずにいた僕。そして、24歳にもなって ポロシャツを前後逆に着てしまう僕。背中にボタンがついている服を着ている人間と、どちらのほうが恥ずかしいかは 火を見るより明らかだ。
しかし、そういうデザインだと理解ができても なお疑問は残る。
背中のボタンを、どうやって留めているのか。
そういえば、女性がスカートをはくときに よく、チャックを上げてから そのスカートのヘリをつかんで回す動作をする。きっと、背中のボタンもそうやって留めているのだろう。
いったん 前後逆にそれを着て、前でボタンを留めてから 180度回転させて 正しい状態にするのだ。これは かなりガッテンできる。
だが、いったんはガッテンしてみたものの、年齢を重ね 背中にボタンがついている服について再考してみると、先の方式での着衣にはいろいろな不都合が生じることにも気づいた。
カーディガンなどを着るときでは、ボタンを前で留めてから ゴソゴソと後ろに回転させている動作を何度もするうちに、生地がのびてしまうのではないかと考えたからだ。
また、そもそも そんな着方をしているところを 現実でもメディアを通しても、見たことがなかった。
僕はある日、負けじと奇才であることで有名な 彼女に聞いてみた。
「背中にボタンがあるカーディガンとかって、アレ どうやってボタン留めるの?」
「普通にボタン留まったまま、脱いだり着たりするに決まってるじゃん」
「!!!!!」
彼女と付き合い始めたのは ハタチを過ぎてからだったので、この真実は ハタチを過ぎてから知ったことになる。
#216 - 04/13/2007 [Fri] 00:45
友人にも読ませたい 1冊です。
僕には いくつかのシュミというか、フェティシズムを感じるモノがある。
読者の皆さまがご存知だと思われるのは、地下鉄および東京近郊の鉄道だ。あと、地図や暗渠もよい。それに順ずる都市河川もなかなかである。大きく言ってしまえば、地名もスキだ。
まあ共感されないことは解っているし、別に共感してもらえなくてもよい。マニアックなままでよいのだ。
ある日、新聞の最下段に掲載されている広告を何気なく見ていたら、そんな僕のフェティシズムをわしづかみにするような雑誌が紹介されていたので、思わずその新聞を破くぐらいの勢いで凝視してしまった。
誰も聞いていないのに、広告に書かれた記事の見出しを朗読する始末。
翌々日、わざわざ仕事の帰りに 新宿の紀伊國屋書店まで立ち寄って、そのマニアックな雑誌を求めたのだが、在庫検索をしても見つからなかった。
その日は失意のまま帰宅し、ネットから出版社にメールを送り 取り寄せることにした。切り札の登場だ。
メールを送信した翌々日、仕事から帰宅したら 早くもその雑誌は自宅に届いていた。メールをしたのは夜だったので、1営業日での到着となる。
なんという仕事の早さ! 某電信電話会社の光ファイバ事業部とは大違いである。
そして、これがその求めていた雑誌である。
『月刊 基礎工』の4月号。今号の特集は、「立体交差化技術と基礎工」である。
ちなみに 最新号の『CanCam』の特集は、「春のめちゃ♥モテCD買いリスト150」だ。
時間がないため まだあまり読んでおらず、内容については書けないが、チラッと見た次号予告が「最近の大規模なアンダーピニング工事」だったので、これは来月号も買いかもわからぬ。
ただし、『月刊 基礎工』の定価は 1,630円(全72ページ)である。
カンペキなまでに対企業向けの価格設定に、シロウトの僕がどこまで太刀打ちできるのか。
だから みんなで『月刊 基礎工』を購入して、価格を下げよう! いくぜ、100万部!
(宣伝したらタダで頂けるのではないかという バラエティ番組等でみられる発想)
#217 - 04/14/2007 [Sat] 19:47
いろいろごめんなさい
本当は今日ネットラジオの放送を予定していたのですが、これから出かけなければならないため 来月延期します。
楽しみにしていたみなさん(いると思わせてください)、そして ゲストの龍二さん、申し訳ありません。
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さて その延期の理由だが、とある飲料キャンペーンに度肝を抜かれてしまったからである。
添付の画像を見ていただきたい。
三ツ星シェフがお送りする、子作りコースだ。
性風俗が乱れてしまったと叫ばれるようになって久しいが、まさかキャンペーンで そんなものがプレゼントされるようになるとは思ってもみなかった。
しかも、12枚シールを集めた 2,500名が 当たるらしい。どうなっちまったんだ、この国よ。カウボーイズ&カウガールズよ。
うん、お菓子作りコースね。じゃ、出かけてきます。
#218 - 05/05/2007 [Sat] 02:46
ただいま
ちょっと出かけてくるはずが、半月以上もお留守にしてしまいました。
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ついにこっちのサイトにまで登場したウチのうさぎ(かわいい)であるが、やはり飲み会などでもウチのうさぎ(かわいい)の話をしてしまう。
先日の飲み会でも ケータイで撮った画像などを駆使して、ウチのうさぎ(かわいい)のかわいさ、愛らしさを、周囲に展開した。
すると、自宅で犬を飼っている後輩の女子が食いついた。「かわいいですね。服とかは着せないんですか?」
ウチのうさぎ(かわいい)は小さいので、ちょうどいい大きさの服はないのではないだろうか、リードと一体型になっている服は見たことがある気がする。
僕はその旨を後輩に伝え、「着せるとしたら、どんなのがいいかな?」と逆にたずねてみた。
すると後輩は答えた。
「う〜ん、チョッキとか?」
2007年新宿。僕より年が下の女性のクチから「チョッキ」という単語が出てこようとは。
もうその類の言葉は、昭和という時代とともに あの頃にそっと置いておこうではないか。
#219 - 05/08/2007 [Tue] 00:06
悔しいけれど、お前に(以下略)
新宿で会社の同期と遊んだときのこと。
ひととおりショップでの冷やかしを楽しんで外に出ると、昼下がりでまだ日が高いというのに 空は漆黒の闇を思わせるほどに暗くなっていた。
程なくして降り出す大粒の雨。すぐさま地下街に逃げ込んだ。
ケータイで天気予報を確認すると、どうもすぐにはやみそうもない。
新宿は地下街で広くつながってはいるが、やはり移動は制限される。なにより、これから遊びに行こうと思っていた場所へ行くためには、いったん外に出なければならない。
僕らはあきらめて カサを求めに歩いた。
やがて西武新宿駅の駅ビルにたどり着いた。ココの最上階には100円ショップもある。急場しのぎのカサとしてならば、100円で充分である。
エレベーターホールで、エレベーターを待つ。
土曜の昼下がり。エレベーターの前には、人が集まってきた。
静かにエレベーターが開くのを待つ群衆。誰も言葉を発さない。
その状況下、同期のホサカくん(仮名)が ビルの階層案内図を見ながら、やっちまったのだ。
「100円ショップ、ギャランドゥか…」
おいおいカウボーイよ、よく見るのだ。それはヒデキのアレではなく、『キャン★ドゥ』であろう。なぜそこだけ音読してしまったのか。
静かにエレベーターを待っていた群集ではあったが、その瞬間 静かに「ざわ・・・」となったことは、言うまでもない。
#220 - 05/15/2007 [Tue] 00:37
ランデブーしてたのか…
週末、友人のお誘いで 恒例の都市河川クルーズに行ってきた。漁船のような船で東京を流れる小さな川を巡る、2時間程度の船旅である。
僕は 東京という都市の魅力のひとつに、こういった小さな河川の存在があると思う。
都心の流れる小さな河川の上には高速道路が走り、川の魅力を半減させてしまっているようではあるが、僕は逆にこれこそ狭い土地に人とモノが集積した東京本来の姿ではないかと思う。
高速道路にフタをされてしまった小さな河川もまた、東京という都市の無計画さ、脆弱さ、その中でさらに巨大化し続けるというバランス感覚、陰と陽を併せ持っているのだと思う。
添付の画像は、日本橋川から船で見上げた 日本橋である。
この、日本の道路の基点となった日本橋の上にも、無愛想な首都高速が鎮座している。
この日本橋の上空を走る高速道路を地下化し、再び日の光を日本橋に取り戻そうという話もある。僕はいまのままでもいいと思うし、高速道路を地下化してもいいと思う。
どちらにせよ それが東京という街であるし、東京の街の歴史になるからだ。景観を守っても、景観を壊しても、すべてを含有したそれこそが「東京」なのである。
僕がそんなことを思った その2日後である。
都心の日本橋川、漂う足を清掃船が発見…事件・事故で捜査
5月14日20時37分配信 読売新聞
14日午後1時20分ごろ、東京都千代田区一ツ橋の日本橋川から、人間の足のようなものが見つかったと110番通報があった。
警視庁神田署が調べたところ、発見されたのは、人間の右足のひざから下の部位で、同署は、事件と事故の両面で、該当する人物の特定を急いでいる。
同署によると、通報したのは都環境整備公社の職員。清掃船で現場付近を通過中、水面近くを漂っているのを見つけ、その後、船尾に取り付けられている網の中に入ったという。足のサイズは23センチだが、腐敗が進んでいるため性別は不明。ふくらはぎに切り傷があった。切断面は引きちぎられたような状態で、ひざのすぐ下の骨が折れていた。
ちょっと これは! 川に漂う足とか、こればっかりは「東京」に含有しなくてもよいと思う。
#221 - 05/28/2007 [Mon] 01:03
ペアレンツ・ネバー・ノウ のこと
奥歯の辺りが痛むので、歯医者に行ってきた。
いや、診察予約日が到来した頃には良くなってきたのか そんなに痛くなくなってきたのだが、それでも見てもらったほうが良いと思い、重い腰をあげて自転車を走らせた。
診察台に腰掛け、イスを倒される。やがて歯科医が僕のクチの中をあれやこれや始める。
もうすぐ 25歳になるだが、やっぱり歯医者はコワイ。僕はコワイので終始 目を閉じていた。
実は同じような奥歯の痛みを感じたことが 2年ほど前にあり(#079参照)、そのときは電気メスで炎症を起こしている歯肉を焼き切る、というソリューションにてクチの中に平安がもたらされたのだった。
なので、今回も同様なソリューションをもって、再びクチの中に平安がもたらされると思っていた。目を閉じているのでよく解らないが、この歯科医はきっと今 電気メスで歯肉を焼き切っているのだと。
やがて治療が終わり、歯科医がこう言った。「終わりましたよ。取ったの見ます?」
何を言うか。切り取った歯肉など見たくない。どうせピンク色の肉片が…
あれ…なんかアレ、白くね? あそこに置いてあるの、ワシの歯じゃね…?
今回のソリューションは、「歯肉を焼き切る」というものよりもさらに合理的な「抜歯」であった。
ちょっとこれは、歯科医が調子に乗ったとしか思えないだが、いかがだろうか。
#222 - 05/31/2007 [Thu] 00:25
5月29日が誕生日でした
「温まりにくく、冷めにくい」が解らない。
水は金属に比べ、熱伝導率が低い。
すなわち、金属は「温まりやすく冷めやすい」し、水は「温まりにくく冷めにくい」のだ。ごく一般的で、なんら疑問はない。
だが僕は、この水の熱伝導率の低さを表現した「温まりにくく、冷めにくい」が解らないのだ。
小学校の授業で初めて登場したこの概念。僕をハメるに充分な言い回しであったし、いまでもよく解らない。
そもそも「温まりにくい」と言っているのに、もう「冷めにくい」とまで言い出しているのが腹立たしい。なんだ、できないのにやった気か。皮算用か。
結局「温まりにくく、冷めにくい」のでは、普通の温度じゃないか。「普通です」と言える勇気も大事である。
もうこの際、「温まりにくく、冷めにくい」ではなく、「普通の温度です」と言ってしまえばよい。
ココまで書いたが、「温まりやすく、冷めやすい」も突き詰めてしまえば「普通の温度です」となることに今さら気づいた25の夜。四捨五入すると30だぜ。30だーゼ〜!(スタパ斎藤風)
#223 - 06/05/2007 [Tue] 00:05
逆食べ放題
自宅の近くに、寿司食べ放題の店が開いた。
雑居ビルの 2階にて開店という「お気軽にどうぞ!」的な観念を一切 採り入れないそのさまに 怪しく思う気持ちを禁じえないのだが、先日 彼女が友人とその店で食事をしてきた際の感想を聞き、想像を超える店内の様子にかなり笑えた。
以下 箇条書きにて記すので、読者の方々も大きくイメージを膨らましていただきたく思う。
- 店内のレイアウトは定食屋ライク
- 接客する店員がフィリピン人女性
- 客が食事をするテーブルの上に なぜかデンワの子機
- その子機が鳴る
- フィリピン人「オチャト ミソシルハ オカワリ ジユウダヨ」
- お会計を済まして店を出ると フィリピン人「マタキテネー」
僕は僕で、おそらく厨房に立っているであろうその店の店員を目撃したのだが、何ひとつ清潔感のないタンクトップの太った男性であった。男性は、楽しそうに店の看板を片付けていた。
あの容姿を見てしまっては、雑居ビルの 2階もあいまって、その店で寿司を腹いっぱい食べようという気持ちになることはない。
容姿で寿司を握るワケではないが、客商売をする以上 清潔感はかなり重要である。
タンクで太った男性 × フィリピン人女性。寿司屋にあるべき和の要素は、いずこ。
その店から 酢飯と思しきすっぱいニオイ(オイニー)が自宅まで流れてくることもあったのだが、タンクトップによって外界にさらされた男性店員のワキのあたりから すっぱいサムシングが漂ってきているのではないかといったあらぬ想像さえもしてしまい、なんとなくおなかも痛くなるのである。
季節もそろそろヤバイ。保健所や警察・消防が出動する日も近いのか。
#224 - 07/17/2007 [Tue] 00:28
続・逆食べ放題
#223 で採り上げた逆食べ放題の店だが。
早々に閉店し、寿司食べ放題の店から 元祖癒しの里へと華麗なる変貌を遂げてしまった。
元祖癒しの里としての開店当初は、日に 2回も「オニサン マッサージ ドデスカ?」と東南アジア系の女性(おばさん)に声をかけられた。
そんなことをされては、更新も滞るわけである。
#225 - 07/23/2007 [Mon] 03:23
無邪気
彼女と公園近くの駐車場を自転車で通りかかったら、ノラねこが出てきた。
このノラねこは僕ら おなじみのねこで、とてもひとなつっこい。駆け寄ってきてはゴロンと横になり、「わたしはあなたがたに気を許していますよ」の動作をとるのだ。
自転車を降りた彼女がひとしきりねこをなでまわしたところで、公園の中から小学校3年生くらいの女の子が走って出てきた。
女の子はねこの前で足を止め、同じようになでまわしながら『どうぶつ奇想天外』で得たねこに関する知識を、僕らに教えてくれた。
やがて、女の子はねこの年齢についての知識を披露し始めた。
「このねこ、いくつくらいかなぁ。だいぶおばあちゃんなのかなぁ」。女の子がそう言った。
そのねこは 3年くらい前からその駐車場周辺で見かけていて、その頃から同じような風体をしていたので きっとだいぶおばあちゃんなのであろう。僕は「だいぶ前からこんな感じだったよね、おばあちゃんだろうね」と言った。
すると女の子はこういった。
「うん、やることはすべてやってきたって感じだよね!」
う、うん、そうだろうね…。やることはすべてやってきたんだろうね…。
「じゃあわたし帰るね! じゃあね!」
自宅マンションへ走って帰る女の子。僕らは後姿を見届ける。
時たまにコドモが発する、こういったバックボーンはないが意味深であるコトバは、いったい何なんだろうか。